mum&gypsy

マームと誰かさん・さんにんめ
今日マチ子さん(漫画家)とジプシー

〔東京〕2012年721-23日/SNAC

撮影:飯田浩一

▽ パンフレットより(藤田貴大、今日マチ子対談)

シリーズ3回目は、今日マチ子さん。マームとジプシーは来夏に彼女の『cocoon』を上演すること


が決まり、雑誌「もっと!」(秋田書店)では共作連載もはじまる。今作は、およそ1年にわたるで


あろう共同作業の最初の一歩。今日さんが、初めてマームの稽古場を訪ねた日、の一幕です。


 


どんづまりの海


藤田 今日さんとは4月に、二子玉川から多摩川をくだって、海まで20キロくらい、一緒に歩いたよね。でも羽田に着いた時の絶望感といったらなかった。なんもワクワクしない。汚いレベルでは羽田空港は最強だな。あのゴミの山は、川から来たのか、海から来たのか、微妙な海流で。


今日 ほんと想像を絶するヘドロみたいな黒い砂浜で、ひと気もないし、がっかりしましたね。鯉の骨も多かった。


藤田 しかもこの海岸、数日後のニュースで、放射線量が凄かったって。


今日 だいぶ吸っちゃったね。


藤田 砂浜に埋まってるあのゴミを見てると、実は僕らが海の底に沈められてるんじゃないか、という気もしてくる。


今日 『センネン画報』でも教室全体が水の中に沈んでるイメージがありました。なんか、息苦しいけど気持ちのいい、ふわふわ浮いている感じ。


藤田 半熟卵的な……。午前中に出発して、空港に着いたのが午後3時とかだったんですけど、それまでほとんど何も喋らなかった。途中で凧揚げ大会があって、百円の凧を買って。そこでも黙々と、誰も喋らず。


今日 1時間くらい、みんな無言で凧揚げしてましたね……。川っていろんな人がいるんです。太鼓叩いてる人とか、鷹匠とか。私、27歳くらいまで実家でブラブラしてたんで、親の目がキツくて、散歩と称してはちょっと多摩川に癒されに……。何もやることなくて、川にいる寂しい人になってしまった(笑)。だけど「半分パブリック」みたいなあの感じが好きなんです。閉じようと思えばいつでも膝を抱えられるけど、開放的にもなれる。引きこもり的なアウトドアというか。


藤田 それで最初に銀座でミーティングした時に、「川はくだろう」って話にすんなりなったんですよ。2人で同じ風景を見ましょうって。


今日 藤田くんと私の思ってる「川」や「海」のイメージが違うよねという話になって、多摩川を歩くことに。でも2人ともダウンしていく方向のイメージで一致してたね。のぼっていくのはもっとガンガン生きてる人たちの感じでしょ、源流まで遡っちゃう人はルーツ探る系だよね、とか適当なことを言ってたら……


藤田 そしたらここに、山登りにハマってる女(青柳いづみ)がいた。


青柳 山、のぼっちゃう人がいました。


なぜ「くだる」んでしょうね?


今日 ラクだからっていうのもあるけど。たぶん、水に対して死のイメージがあるんでしょう。流れていて、力がない感じ。


藤田 僕は海を見て、上京しようとか、あっちに本州がある、とか考えてたし、家出のイメージもあった。あと川は、猫を流す場所というイメージがすごく強くて、流れて海に出る……。でも『cocoon』を読んだ時、海が違ったんです。


今日 あれは、どんづまりの海。もうここから先はいけない、って追い詰められる場所。しかも海には、敵の船がいる。


藤田 あの子たちにとっては、海がひらけた場所じゃなくて、ただの壁でしかない。その詰まってる海というイメージを考えないと『cocoon』にはたどり着けないなと。


ひたひたと流れるもの


来夏の『cocoon』上演に向けて、マンガ雑誌『もっと!』でも連載が始まりますね。


藤田 ほんと、今日さんとの作業でこの先1年くらい埋まってる。


今日 喧嘩しないようにしないとね(笑)。連載は、演劇マンガをやろうと思ってます。マームっぽい劇団をモデルにして、ガラスの仮面を超える演劇マンガにしたい! まだ詰めてないんですけど、藤田くんは鬼演出家として出てくるかも(笑)。あと担当の人がやたらと林さん推しで、恋愛させましょうって。


それは、どうなんでしょうね……。ちなみに秋には沖縄にも一緒に行かれるとか?


今日 初めてガマ(洞窟)に入った時あまりにショックを受けすぎて、夜まで口きかないっていう変なナイーブさを出しちゃって。そしたらあちらの人に、悪いものに取り憑かれてるかもしれないからって塩をかけられた……(笑)。霊とか信じないんですけど、その場所に人がいたんだ、という痕跡は感じます。


藤田 衣服とかがまだ……


今日 うん、張り付いてたり。靴も置いてあったりして。掘り返せばまだ出てくる。地続きというか、戦後すぐの空気がまだ残ってる。


藤田 今回はまず、今日さんがどういうリズムを持ってる人なのか、ちゃんと知りたかった。今はチューニングしてる時期だと思います。もちろん実験的(試作的)なものを見せるつもりはないけど。


今日 ちょっと違うもの同士を掛け合わせて、全然違う、マンガでもなく演劇でもないものを見せたいなあと思います。ほんとに同じ感覚の人同士になっちゃうと、そこで「合うよねー」みたいになって終わっちゃうから。


藤田 違いが当たり前にあっていい。だから僕は今、「今日さんくささ」にどう塩をまぶすか、考えてる(笑)。


確かに今日マチ子さんのマンガには、その世界に溺れさせてしまう感じもありますね。


藤田 僕自身も「少女を描く作家」ということだけで言われるのはイヤですけど、今日さんもそうで、えぐったらしいことを描いたりするのに「少女世界」とだけ誤読されるのはもったいない。典型的な少女を描いてるわけじゃないし。中間地点にいるような変な女子だと思う。


今日 いちばん下に、ひたひたするような悲しみとか苦しみがあって、うまくそれをセーブしながら描いてるんです。なのに可愛いとか癒され系とか言われて苛々したのを、『cocoon』にぶつけた、というのはありますね。白痴っぽい可愛さを植え付けられると思考停止になるので、そうじゃないものを描きたいと思ってます。


藤田 「ひたひたと」ってすごく共感する。根底に流れている、じめっとした暗いところがあった上での爽やかさというのが僕も好きだから。そこは忘れちゃいけないところですね。


フレーミングとコマ割


(絵を見ながら)イメージを出し合って、それをこうして絵に描いていった?


今日 ええ、つらつらと。潮干狩り、凧揚げ……。青柳さんが山に行ってトマト食べた話とか。女子校時代に女同士の殴り合いの喧嘩があったねとか。


藤田 女子ってこうだよね、という話を、メールで青柳とか交えてしたんです。


今日 マッサージしてて、お互いほんとのところはちょっとエロいよね、とも思ってるあのイヤな感じとかね。「これやっちゃえる私たち」みたいな。


この衣装(女子高生の制服)は?


藤田 青柳がつくったやつです。『しゃぼんのころ』の時に。昔はもうちょっと馴染んでたんだけど。


今日 この服に色合いを揃えて描きました。


藤田 今日さんの描く制服は嫌味っぽくないからいいですね。ザ・女子高生みたいな制服は大嫌いなんです。


今日 媚び媚びな、商品化された女子高生みたいになっちゃうからね。キャメル色のブレザーにチェックのスカートとかになると、あーあ、みたいな(笑)。


藤田 あ、わかるー。


海岸に埋まってたモノたちも、たくさん描かれてますね。


今日 モノへのロマンはあります。でも特別なモノじゃなくて、大量に生産されているスタンダードなモノが好き。ビニ傘、歯ブラシ、ビニール手袋、女子高生のカバン……。私、ビニ傘って、傘の中でいちばん優れてると信じてるんです(笑)。安い、ということもあるけど、形として完成されてる。透明だし、みんなで共有してる感じも好き。


色彩では、赤が印象的。


今日 私の絵は基本、青いから。


藤田 この赤い糸は、ちょっと生理の経血にも見えたんですけど?


今日 カラーのマンガで直接的に血を描くと、表現としてやりすぎ感が出ちゃうんです。美大受験の時に牛の骨を書かなくてはいけなくて、ひと工夫加えてやろうと思って血がぶちまけられた絵を描いたら、やりすぎだよねー、って酷評されてフルボッコで(笑)。それ以来、気をつけてますね。


マームでお馴染みの窓枠の絵も。


藤田 劇場って、プロセニアム・アーチ(額縁舞台)としてフレーミングされることで引き締まる部分もありますよね。マームのあの窓枠は『あ、ストレンジャー』からなんだけど、ピッて使っただけで役者の顔がフレーミングされるから、大雑把じゃなくシーンとして成立するんです。それはマンガのコマ割にも近い気がする。


今日 そうですね。ふつう、マンガだとコマ割が斜めになったりするけど、私は絶対、四角にこだわりたくて。お菓子のクッキー缶の間仕切りみたいなイメージかな。例えば丸だと、吹き出しっぽくて、言葉を意味しちゃう。だから丸いコマを入れるくらいなら、なくしちゃいます。


『センネン画報』にもほとんどセリフがないですね。


今日 セリフを入れちゃうとその意味だけに限定されちゃうから。『センネン画報』のフレームは、大きいのと小さいのを組み合わせたりして、1番の絵と2番の絵の飛躍で動きをつけます。だから見た目には動きが全然なくても、読むとパン、パン、とリズムをとる。


藤田 あと今日さんのマンガってズームするよね? その部分だけ見たら何を描いてるのか分かんない。だけど画面が引きになって全貌が見えてきた時に、初めて何を描いていたのか分かる。1コマ単体じゃ分からないけど、1枚のページとしては成立してる。


やはり今日マチ子という作家独特の語り口というか、ドラマトゥルギーがありますね。


今日 他人を入れない感じはあります。ふつうのマンガだと、こういう時(女の子が1人でたたずんでいる絵)にもう1人描いたりするんですけど、私のは1人語りが多い。それか、言葉の要らない濃密な関係の2人にするとか。


藤田 だから今回も、青柳とゆりりの2人が海まで歩くストーリーだけど、できるだけ会話はしないで、淡々と歩き続けたい。……あれ? ゆりり、なんでそんな湯上がりみたいな赤い顔してんの?


川崎 えっ……


今日 ふふ。なんか、人数が多くても1人になる瞬間ってありますよね? 例えば水でブクブクしてる絵があったとしても、実際にそれが体験されてるわけではない。でも誰かがそう思ってるかもしれない。時間にするとわずか0.1秒くらいの出来事なのに、その人の中ではたくさんの時間が流れてる。そういう「隙間」を描きたいんです。


藤田 一瞬の夢の中で、膨大な時間を過ごしてるみたいな。……ん? なんか青柳が言いたいことあるみたいですよ。


青柳 今日ね、夢でね、すごいスタンド攻撃をされたって夢を見て、ワーッて思って起きたらすっごい蚊に刺されてた。


今日 それはただ蚊に攻撃されてたっていう(笑)。


藤田 マームでもモノローグが増えたのは、1人の時間を描きたくなったというのが絶対あるんです。例えば『Kと真夜中のほとりで』も、あえて真夜中だし、田舎だし、あんまり会話が起きない状況にして。


今日 マームの舞台観てて、何回も繰り返す思考法があるなあって思いますね。でも人間の考え方ってまさにそうじゃないですか? 今思ってたのと、3年前に思ってたことがバチッと繋がるとか。不思議ですよね。違う軸があるというか。


藤田 リニアな横に時間が流れてるだけじゃないんですよね。縦にも動いてるから。

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出演

青柳いづみ 川崎ゆり子

スタッフ

今日マチ子 藤田貴大


照明/明石伶子
アシスタント/
召田実子
舞台美術協力・映像/
細川浩伸
パンフレット原稿/藤原ちから
企画協力/
金城小百合
制作/
林 香菜
主催/マームとジプシー
共催/
SNAC /吾妻橋ダンスクロッシング 

©2018 mum&gypsy