ロミオとジュリエット

[東京] 2016年12月10日-21日東京芸術劇場 プレイハウス
撮影|田中亜紀

当日パンフレットより -藤田貴大

自分のなかにある、ある場所に、いくつになっても褪せることなく、18までのあの風景が広がっていて、そこには名前のない自分が、名前のない誰かが立ち尽くしている。

彼らはなにかに押しつぶされそうな表情をしているけれど、それでも限られた時間を、そしてあらかじめ決められたような空間を、全力で走っている。

現在のぼくは、それはなぜなのか、知っている。でもあのころのぼくは、それがなんなのか、なにもわかっていない。

なにもわかっていない彼らは、いつも立ち尽くしている。
森に、夜に、立ち尽くしている。

彼らのあいだには、壁が。
ありとあらゆる壁という壁が。

どうしたって戻りたくない、あのころに、たとえ戻れたのだとしても、ぼくは彼らになんの言葉もかけることができないだろう。

なにもわからずに、ただただ走っている彼らに。
なにが待っているのかもわからずに、ただただ走っている彼らに。
なんの言葉も。

だから描こうと、おもっている。
言葉とかじゃない、なにかを。
描いて、彼らをここで待っていたい。

彼らにとって現在は、未来。

ここで、待っていたい。

藤田貴大

当日パンフレットより -東京芸術劇場

本日はシェイクスピア没後400年記念事業、藤田貴大演出「ロミオとジュリエット」にご来場いただき、誠にありがとうございます。藤田氏は自身が率いる演劇集団「マームとジプシー」で2007年より活動を開始し、4年後の26歳の時に演劇界の芥川賞である岸田國士賞を受賞しました。
東京芸術劇場では、2013年に「cocoon」(原作:今日マチ子)、2014年に「小指の思い出」(作:野田秀樹)、続く15年には「cocoon」を再演し沖縄での公演も行い、RooTS.3「書を捨てよ町へ出よう」(作:寺山修司)を上演しました。独特の台詞回し、同じシーンを繰り返しながら徐々に熱を帯びていくリフレインの手法など、自身の世界観をもって他者の言葉を再構築することで独自な世界を創り上げてきました。
この「ロミオとジュリエット」は古典作品への初の挑戦です。それは、「小指の思い出」の事前宣伝のレクチャーのときに、司会をしてくださった東京芸術劇場の運営委員であった演劇評論家の扇田昭彦氏(2015年5月没)と藤田氏の対談中に飛び出した一言「僕なら『ロミオとジュリエット』を逆再生して上演してみたい。」から始まっています。
ロミオとジュリエットの悲劇的な死から運命的な出会いに遡ることで、「偶然に好きになってしまった」若い二人の恋に迫ります。
最後になりましたが、本公演の実現にご協力を賜りましたすべての皆様に心より御礼を申し上げます。

東京芸術劇場

当日パンフレットより -松岡和子(翻訳家・演劇評論家)

藤田貴大が作る『ロミオとジュリエット』

 ロミオとジュリエットが出会って一目で恋に落ちてから非業の死を遂げるまで足掛けたった五日。無粋なことと承知の上で、その五日間の出来事を箇条書きふうにたどってみましょう。
 日曜の夜、キャピュレット家恒例の舞踏会で二人は出会い、結婚の約束を交わす(バルコニー・シーン)。有頂天のロミオはその足でロレンス神父の庵へ行き、司式を依頼。
 月曜の朝九時、ジュリエットの乳母はロミオに会い、予定を聞く。午後、挙式。その帰り、ロミオは親友マキューシオとジュリエットの従兄ティボルトとの喧嘩を止めようとするが、マキューシオは致命傷を負わされ、死ぬ。激昂したロミオはティボルトを殺し、追放を言い渡される。悲嘆に暮れるジュリエット。キャピュレットは、パリス伯爵と娘との結婚を決める。この晩がロミオとジュリエットの初夜。
 火曜の早朝、ロミオはヴェローナを出てマントヴァへ。父からパリスと結婚せよと言われたジュリエットは、ロレンス神父に助けを求める。神父は四十二時間仮死状態になる薬を渡す。世間には死んで葬儀を行ったと思わせ、霊廟での目覚めの時にロミオが迎えに行くとの計画。その晩ジュリエットは薬を飲む。
 水曜の早朝、花婿が迎えに来るとジュリエットは「死んで」いる。結婚式は葬式に。
 木曜の朝、マントヴァのロミオにジュリエットが死んだとの知らせ。夜、馬で霊廟に駆けつけたロミオはジュリエットのかたわらで毒薬をあおって死ぬ。目覚めたジュリエットは死んだロミオを見て絶望し、短剣で胸を突き、ロミオのあとを追う。 
 というわけです。まさにジェットコースターに乗ったような急転直下ですね。
 こんな野暮ったい作業をしたわけはーー藤田貴大版『ロミオとジュリエット』がこうした出来事の流れを大胆に切ったりつなげたり、渦巻き状にしたり、行きつ戻りつさせるからで、もともとの直線を押さえておけば、それが楽しめるだろうとの親心(おせっかい?)。そして、藤田さん自身が「五日」ということを繰り返し言っているから。
 ご承知のように藤田演劇の特徴は「繰り返し」です。それはこの『ロミオとジュリエット』でも存分に活かされています。
 繰り返しという作業は、メンタルなものであれフィジカルなものであれ、「記憶」と深く結びついています。何かを繰り返し思うこと、繰り返し語ることは、ソフィ・カルの記憶アート(ととりあえず呼んでおきましょう)を持ち出すまでもなく、記銘・記憶・想起という心的かつ知的作業の土台ではないでしょうか。憶えておきたいこと、憶えなくてはならないこと、忘れたくないこと、忘れてはならないことを、人は繰り返し思い浮かべ、繰り返し口に出す。俳優が台詞を憶える作業がその極み。
 ところで一度だけ、私は藤田版『ロミオとジュリエット』の稽古を見せてもらいました。胸を突かれました。シェイクスピアの『ロミオとジュリエット』というただでさえ純粋・純潔な恋の劇をさらに純化して「好きになってはいけない人を好きになってしまった心」を主人公にした劇になっていたからです。

 このバージョンのいま一つの特徴は「連想」です。シェイクスピアの言葉のなかから、例えば「夢」を取り上げて、ある場面のある人物の台詞と別の場面の別の人物の「夢」を含む台詞とをつなげる。「夜」でつなげる。「薬」でつなげる。おかげでシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の深層を垣間見ることができます。
 えー、『ロミオとジュリエット』ってこんなに「夢」って言葉が出てきたっけ!?と思った私は、『シェイクスピア・コンコーダンス(ある語がどの芝居のどこで使われているかが一目で分かる語彙集)』に当たってみました。びっくりしました。「夢(dream)」の出現頻度は『リチャード三世』の十九箇所(これもびっくりですが)に次いで二位の十五箇所という多さなのです。タイトルに「夢」がつく『夏の夜の夢』(十三)より多いのだから、またまたびっくり。
 さて、今年ももう残りわずかですが、二〇一六年はシェイクスピア没後四〇〇年に当たります。そのあいだイギリスは言うに及ばず、世界の各地で、世界の各言語で『ロミオとジュリエット』は(もちろん『ハムレット』や『マクベス』も)いったいどのくらい繰り返し演じられてきたことでしょう。私たちは『ロミオとジュリエット』を忘れたくないのですね。

松岡和子(翻訳家・演劇評論家)

出演

青柳いづみ
あゆ子
石川路子
内堀律子
花衣
川崎ゆり子
菊池明明
小泉まき
後藤愛佳
西原ひよ
寺田みなみ
豊田エリー
中神円
中村夏子
中村未来
丹羽咲絵
吉田聡子

石井亮介
尾野島慎太朗
中島広隆
波佐谷聡
船津健太

山本達久

スタッフ

ウィリアム・シェイクスピア
翻訳
松岡和子
上演台本・演出
藤田貴大(マームとジプシー)
衣装
大森伃佑子
音楽
石橋英子
須藤俊明
山本達久
ヘアメイク
池田慎二
照明
富山貴之
音響
田鹿充
映像
召田実子
演出助手
吉中詩織
舞台監督
森山香緒梨
宣伝美術
名久井直子
宣伝イラスト
ヒグチユウコ

クレジット

企画制作
東京芸術劇場
企画協力
合同会社マームとジプシー
主催
東京芸術劇場(公益財団法人東京都歴史文化財団)
東京都/アーツカウンシル東京(公益財団法人東京都歴史文化財団)
助成
平成28年度文化庁 劇場・音楽堂等活性化事業