mum&gypsy

マームと誰かさん
ぬいぐるみたちがなんだか変だよと囁いている引っ越しの夜

20171216日ー24日/VACANT

撮影|橋本倫史

▽ チラシより あの日の午後 テキスト:藤田貴大

四月のことだったとおもう。穂村さんといっしょに丘の上の公園でおにぎりを食べたあとに、ゆでたまごの殻を剥いていたとき、彼がぽつぽつ話し始めたのだった。普段なら、ぼくが質問したことに彼が答えるみたいなかんじでぼくらの会話というのは成立していたとおもっていたのだけれど、この日は違っていて、彼から話し始めた。彼の、お父さんのはなしだった。お母さんとのはなしは、以前にいろいろ聞いたことがあったけれど、お父さんのはなしは、あんまり聞いたことがなかったことに、このとき気がついた。彼のお父さんはこれまでマームとジプシーの公演を数回、観に来てくれていて、ぼくもその回数だけ挨拶をしたことがあった。もちろんくわしく、どういう人物なのか、だなんて知るわけもなかったわけだが、しかし、彼から話し始めた、そのはなしを聞いていくと、どんな人物なのか、徐々に興味が出てきたのだった。そして、それ以上に、彼はどうして、しかも、ゆでたまごの殻を剥いている最中に、ああいう表情で話し始めたのだろう。ぼくはなんにも質問していないのに。とても気になった。たまに、彼の目の奥は光る。ほんとうに光る。あのときも、光っていた。なにかあるのだろうとおもった。ゆでたまごを食べ終えて、丘の上の公園から、坂を下っていくときも、彼はお父さんのはなしをつづけた。はじめてマームとジプシーの作品を観たとき、俳優がおんなじ台詞を繰り返し発語したのを聞いて、なにかの間違いだとおもったらしい、とか。じつは株をしていた、とか。話しつづける彼の横顔は、それまで見たことのないような様子で、ぼくはすこし圧倒されていたのと同時に、このはなしの内容というより、彼のこのかんじを、冬に予定している共作で扱えないか、とかんがえはじめた。とうぜん、さかのぼるのだろうな、とおもった。彼は、父親を通して、自分がまだ生まれてもいなかった、ずっとまえのことにまで、手を伸ばそうとしているのかもしれない、と勝手ながらおもったから。あの日の午後に。

close

出演

青柳いづみ

スタッフ

藤田貴大  穂村弘  名久井直子
協力/辻聡  橋本倫史

©2018 mum&gypsy