川上未映子×マームとジプシー「まえのひ」

[東京]2014年3月9日早稲田大学 27号館 小野梓記念館 地下2階
(東京国際文芸フェスティバル・クロージング参加)

[福島]2014年3月21日MUSIC & Bar Queen(I-Play Fes 2014参加)
[長野]2014年4月15日まつもと市民芸術館小ホール
[京都]2014年4月18日-20日元・立誠小学校 音楽室
[大阪]2014年4月22日-23日味園ユニバース
[熊本]2014年4月25日-26日早川倉庫
[沖縄]2014年4月29日桜坂劇場
[東京]2014年5月2日-4日風林会館
撮影|井上嘉和(大阪公演) 橋本倫史(東京公演)

チラシよりー川上未映子

青柳さんと藤田くんがみせてくれたものをみたくて、わたしはきっと、いつかの日に、これらの詩を書いたんだなと思いました。今ここにある全部が、どうか、どうか鳴りやみませんように。
川上未映子

パンフレットより ─川上未映子

マームとジプシーのどこに惹かれるのかについて、 それを言葉にする必要はないのだけれど、 それはきっと、彼らが、<時間>のことを常に想っているからではないかと思う。

過去、いま、未来。 記憶のなか、身体のなか、そして外。 そしてそのあいだに存在しているかもしれない、たくさんの時間。

いつだって反復しようのない一回性だけで出来あがってるはずのこの生は、 その一回性が圧倒的すぎて、反復を夢みないでは、いられないこともある。 マームとジプシーの舞台で、感情や言葉や運動が何度も反復されるとき、 一瞬だったはずの一瞬がひきのばされ、 ひとつだったはずの視線は、複数の角度をもって、何度でもあらわれることになる。

その夢は、わたしたちに色々なものを見せてくれるけれど、 「そうだったかもしれないこと」 「こうでもありえたこと」 「そうじゃなかったかも、しれないこと」 つまり、ついには流れなかった時間、ついには会えなかった人までを、見せてくれる。 だから、マームとジプシーを観ていると、 いつも、「世界中の、生まれなかった子ども」のことを思いだしてしまう。 それがどういうことなのか自分でもよくわからないけれど、 でも、思いだしてしまう。

どうか。 マームとジプシーの舞台が、ずうっと続きますように。 川上未映子        

出演

青柳いづみ

スタッフ

テキスト 川上未映子
「先端で、さすわ さされるわ そらええわ」
「少女はおしっこの不安を爆破、心はあせるわ」
「戦争花嫁」
「治療、家の名はコスモス」
「冬の扉」
「まえのひ」

演出
藤田貴大
zAk
映像
召田実子
Other Member
明石伶子 石井亮介
荻原綾 中島広隆
森山香緒梨
衣装協力
スズキタカユキ
(suzuki takayuki)
宣伝美術
吉田聡子
制作
林香菜 鳥井由美子
記録
橋本倫史
舞台写真(大阪公演)
井上嘉和

クレジット

主催
マームとジプシー
共催
立誠・文化のまち運営委員会(京都公演)
助成
公益財団法人セゾン文化財団
芸術文化振興基金
おおさか創造千島財団(大阪公演)