「cocoon」について

2015年5月19日

「cocoon」の新しい情報をお知らせするに際し、
藤田貴大と、そして飴屋法水さんにコメントを寄せて頂きました。
公演情報はこちらです。

あたらしい『cocoon』をつくっていく日々のなかで、彼がこの舞台に存在しているのを想像するようになった。
つくっていきたい音のなかに彼がいた。

膨らみつづけたこの想像を実現したいとおもった。

それは彼とぼくとの作業がまだ終わっていないことを意味した。
『cocoon』というプロジェクトが終わらなかったように、彼との作業も終わっていない。

『cocoon』という作品のなかに漂う、なにか。
ときには残酷で、ときにはすべてを包むような、なにか。

女子たちが砂のうえを走りつづける。
それをいっしょに見つめたい。
空間、そのものへの取り組みついて、また彼とかんがえたい。
そう、つよくおもった。

二年前の自分では届かなかったところに、手を伸ばしたい。
『cocoon』は手を伸ばしつづけなくちゃいけない。
そのためには、想像を止めちゃいけない。

ときどき、
あいかわらず、
立ち止まって、
振りかえってしまうけれど。
それでもやっぱり、
この先にある、あたらしい場所に向かって。

走らなくてはいけない。

現在、アタマのなかに浮かんだことはすべてカタチにしたい。
だって、現在ほどの未来はないのだから。

2015年5月18日
日づけは、19日の深夜

藤田貴大

未来は今日

僕よりずっと若い体たちの
紡ぐcocoonのなかに
体を置いてみることにした

体はたくさん消えてしまった

消えてしまうことを描こうとする体
消えないことを描こうとする体

上からでも遠くからでもなく
同じ目の高さで

彼らと並走することにした

飴屋法水