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「てんとてん〜」2020年 ドキュメント

DAY 1

2020/09/17

2020.9.15

東京駅16番ホームに上がると、のぞみ347号はすでに停車している。出発まであと20分近くある。こんなに早い時間にホームに上がったのは今日が初めてだ。時間を持て余して売店を眺めにいくと、もう夕刊が並び始めていて、政治家が両手を掲げた写真が掲載されている。新幹線に乗り込んでみると、まだ真新しい匂いがする。7月1日に導入されたばかりの新型車両N700Sであるらしく、車内にそのポスターが貼られている。「Don’t Stop JAPAN」という広告のコピーを、じっと見つめる。

今日から『てんとてんを、むすぶせん。からなる、立体。 そのなかに、つまっている、いくつもの。 ことなった、世界。および、ひかりについて。』(以下、『てんとてん』)のツアーが始まる。マームとジプシーが2013年、初めて海外公演を行うにあたってつくられた作品だ。その年からずっと、ぼくはこの作品に同行してきた。この作品が最後に上演されたのは2019年10月、上海近郊にある烏鎮という町だ。この烏鎮公演のときも、2013年のフィレンツェ公演のときも、空港に皆で集合して、それから旅立ったことを思い出す。今年の旅は、東京駅で集合するのではなく、東京駅か品川駅か新横浜駅か、それぞれ最寄りの停車駅から乗り合わせることになった。もちろんそれは、そのほうが合理的だからではあるのだけれど、新幹線のホームで大人数が待ち合わせるのはリスクが高いというのもあるのだろう。

演劇というのも、言ってみれば待ち合わせだ。俳優とスタッフと観客とが劇場に集まることで可能となる表現だ。今年の春から、数えきれないほどの演劇公演が上演中止あるいは延期となった。マーム とジプシーの公演もいくつか延期となり、この作品が久しぶりの上演となる。これを書いているぼく自身も、こんなふうに誰かに長時間同行取材するというのは半年ぶりのことだ。「Don’t Stop JAPAN」という文字をどう受け止めればよいのかわからないまま発車時刻を迎え、新幹線はゆっくりと動き出す。

車内アナウンスが流れる。車内ではマスク着用の上、会話は控えるように、しかし空気は常に換気されていると声が言う。13号車には、ぼくたちをのぞけばほとんど乗客は乗っていなかった。車内にはどこか物々しい空気が漂うけれど、車窓から見える景色はいつも通りだ。こうして過ぎていく景色を何度となく見てきたはずなのに、こんなふうにどこか息を潜めるように風景を眺めるのは初めてだ。9月11日にツアーに参加するメンバー全員がPCR検査を受けて、全員が陰性と診断された。それでもどこか緊張してしまう。

2時間半ほどで新大阪駅に到着する。コンコースも静かなものだ。土産物うりばも人がまばらだけれど、豚まんの蓬莱には行列ができている。城崎温泉行きの特急こうのとり15号に乗り換えて、指定された座席に座る。前の席には藤田君と制作の古閑さんが並んで座っていて、何やら真剣にミーティングをしている様子なのだけれども、「味噌汁」という言葉が聴こえてくる。電車は森の中を進んでゆく。ぱっと風景が開けると、のどかな田園風景が広がっていた。ちょうど稲が収穫時期を迎えていて、黄金色に輝いているところと、すでに刈り取られたところとが混じっている。コンバインが動いているのを何台も見かけた。

豊岡に到着するころには、ほとんど日が沈みかけていた。駅には豊岡演劇祭のポスターが無数に貼られている。東京だと、コロナ禍の日々に駅構内のポスターはほとんど姿を消していた。こんなふうにポスターで掲示板が埋め尽くされた風景というのも、どこか懐かしく思える。豊岡のホテルにチェックインし、ロビーで解散となる。

藤田君と古閑さんは駅前のスーパーに出かけるというので、一緒についていく。明日からは城崎国際アートセンターという、劇場とレジデンス施設が一体となったところに滞在することになっているのだけれど、そこからスーパーは少し距離があるので、今日のうちに買い出しに出かけるらしかった。

「味噌は赤味噌がいいんですよね」。メモ帳を見ながら、藤田君はカートを押す。「味噌汁」と聴こえたのは、聞き間違いではなかったようだ。ずらりと並んだ味噌の中から、八丁味噌が選ばれる。

「出汁はどうします?」と藤田君。

「うちの実家は煮干しです」と古閑さん。

「北海道は昆布だけど――ちょっと、お味噌汁担当でお願いします」。藤田君にそう託された古閑さんは、ぱぱぱっと、カットわかめとお麩をカゴに入れる。明日から皆で生活するために必要な食材や調味料を買い揃えて、ホテルに引き返す。荷物を置いたところで、藤田君と少し豊岡の町を歩いてみることにした。

「こないだPCR検査を受けにいくとき、彩の国さいたま芸術劇場から駅に向かってたら、救急車とパトカーが集まってきて。ちょうど与野本町で人が飛び込んで、人身事故で電車が止まったんですよ。それで今日も、品川に向かってたら山手線が人身事故で止まって」

自分の考えをたどるように、藤田君は言葉を探す。

「いや、何が言いたいかっていうと、ノートってことを考えるんですよね。『てんとてん』の中で、“あやちゃん”が『てんとてんを、むすぶせん。からなる、立体。 そのなかに、つまっている、いくつもの。 ことなった、世界。および、ひかりについて。』っていう言葉を、おまじないのようにノートに書き綴ってたっていう場面があるけど、それがノートだったっていうことについて、与野本町で稽古してたときに思ったんですよね。自殺する間際のことって、それはどんなに考えても想像しきれないですけど、決定的な遺書だけじゃなくて、日々綴ってたものが結果として遺書になってしまうこともあるなと思ったんです」

藤田君が思い浮かべているのは、2018年の春に亡くなった赤木俊夫さんのことだった。今年の春、赤木さんの「遺書」が公開されたとき、それと一緒に手書きのメモも公開された。そこに綴られたふるえた文字は、ぼくの目にも焼き付いている。

「ぼくは作家として言葉を書いてるけど、あの状態にまでなったことはないと思うんです。これは『あの状態にまでなった言葉がすごい』と言いたいわけじゃなくて、赤木さんのことはほんとにただただ悲しいんですけど。作家が書く言葉って、それがひとりであろうとふたりであろうと、誰かに読んでもらう前提があるけど、あの言葉は誰かに伝えたいとかってこと以上の自問自答がないと成立しないと思うんですよね。赤木さんのことだけじゃなくて、自殺した先輩や友人のことを突き詰めて考えるときも、やっぱりそこまでは行けないところがあって。そこまでにいけないところを、ぼくはたとえば“まる”(“あやちゃん”を演じる荻原綾)に託してるんです」

藤田君は、演劇作家として言葉を書く。でも、その言葉は、書かれただけで成立するものではなくて、俳優によって発語されることではじめて成立するものだ。

「ぼくはギリギリのところまで書くし、演出するんだけど、そこから先のところまで行くのは役者しかいないんですよ。だから、ぼくにとって役者さんたちは未来を生きる人なんです。ぼくなんか、上演時間中はただただ過去になっていくだけで、そこから先の部分をやってくれるのは役者さんたちしかいないっていうことが、この半年間でほんとにわかったなっていう。この半年間、何をしててもそこから先の部分はなかったんですよね。そこにたどり着けるのは、ぼくの場合は紙とか文字じゃなくて、それが一番フィットしているジャンルが演劇なんです。だから、ぼくが演劇を再生させるのが『てんとてん』で良かったなと思ってるんですよね」

この作品は、2013年のフィレンツェに始まり、サンティアゴ、サラエボ、ポンテデーラ、アンコーナ、メッシーナ、ケルン、新宿、ソウル、新潟、豊橋、烏鎮と、毎年のように旅を重ねてきた。こんなふうに8年間にわたって考え続けてきたのは、マームとジプシーの中でもこの作品だけだ。

街を歩いていると、「水の音がする」と藤田君が言った。暗がりのほうに歩いていくと、そこにはたしかに、静かに水が流れていた。

テキスト・撮影:橋本倫史

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