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「てんとてん〜」2020年 ドキュメント DAY8-DAY 14

DAY 10

2020/09/26

2020.9.24

「うどん、楽しみだね」

「昨日の夜、竹内さんが言ってたよ。『うどんが食べれるから、明日の朝は抜こう』って」

「いや、でも、そうだよね。私も朝は抜いたよ」

皆の話を聞いた藤田君が、「今日、朝ごはん食べた人がいたら、ちょっとなめてるね」と笑う。藤田君は昨日、西村先生に会った瞬間から、「先生、どこに行きます?」と、うどんミーティングを始めていた。今日は大学に向かう前に、西村先生、仙石桂子先生、それに“あつみ先輩”が運転してくれる3台の車に分乗し、うどん屋さんを目指すことになった。

「仙石先生は、一週間に何回ぐらいうどんを食べますか?」同じ車に乗り合わせた成田さんが尋ねる。

「私は非常勤の先生がいらしたときに一緒に食べにいくことが多くて、個人的にはあんまり行かないかもしれないですね。でも、来たばかりのときは週に1、2回は食べてました。私より先に西村先生が来られてたんですけど、最初に教えられたのはうどん屋でしたね」

仙石先生は四国学院大学に着任して10年近く経つという。仙石先生の出身地は香川ではなく、新潟だ。藤田君が去年、四国学院大学の学生たちとつくった『mizugiwa/madogiwa』は、2018年の夏、新潟で出会った人たちとワークショップを経て制作した『mizugiwa』を元にリクリエイションした作品で、そこには「いっつも水浸し」というモノローグが登場する。

「なんかぼく、仙石先生に出会った瞬間から新潟のこと馬鹿にしてましたよね?」と藤田君が言う。「新潟の人と話してたら、コメの炊き方のこととかめっちゃ言ってくるから、『新潟の人ってほんと鬱陶しいわー』みたいに言っちゃってたじゃないですか。でも、『mizugiwa』をつくるときに新潟のことを調べ直したら、結構とんでもない歴史があって、あの美味しい水を得るためにすごい大変な思いをしてたんだなってことを知ったんです。信濃川は何度も洪水に見舞われてて、それをどうにかするために、こっちに人工的な川を通すんだけど、それを完成させるまでにすごく時間がかかってるんですよね。あと、腰まで水に浸かるようなところに田んぼがあって、そこに田植えをしてる写真とかもあって、めちゃくちゃ水浸しだなと思ったんですよね。その写真を見てたら、ほんとに馬鹿にし過ぎてたなって反省したんです」

「たしかに、水に苦労してきた歴史があるから、新潟人は食べ物に誇りを持ってますね」と仙石先生が言う。「そして香川は水が足りないっていう」

うどん屋に向かう道中にも、いくつかため池を見かけた。Googleマップで確認すると、あちこちに水色が表示されている。ひとつの国に、水害に苦しんできた土地もあれば、水不足に苦しんできた土地もある。豪雪地帯もあれば、数十年に一度くらいしか雪が降らない土地もある。香川にきたときに、新潟とは空が違うと感じたのだと、仙石先生が話してくれた。

「いや、それはあるよね」と藤田君が返す。「演劇っていうのも、そういうことだよね。照明が変わるとか、劇場が変わるとかってだけでニュアンスが全然違うことになるのを、こう、楽しんでるわけだからね」と。

車で30分ほど走ると、田園風景の中に、車がたくさん停められた駐車場が見えてくる。今日の目的地である「がもううどん」だ。遠目にはふつうの一軒家に見えるけれど、一階がうどん屋になっており、そこに行列ができている。ただ、「がもううどん」は店内で食べるだけでなく、店の外にもテーブルや椅子がたくさん配置されているので回転が早く、するすると行列は進んでゆく。

「先生、ここは何を頼んだらいいですか!」藤田君が尋ねると、「ここのうどんは、あったかいか冷たいかの2種類で、小・大・特大が選べます」と西村先生が教えてくれる。「それと、トッピングは自分で選ぶんですけど、個人的にはあったかいほうに、揚げをトッピングするのがおすすめです」

店内にはお揚げの他に、天ぷらも並んでいる。それぞれ好みのトッピングを選び、自分で出汁をかけ、外の席でうどんをすする。皆で一緒に外食するのはずいぶん久しぶりだ。ぼくは「大」(2玉)を選んだのに、あっという間に食べ終えてしまう。食べ終えたばかりだけれども、もう一度行列に並びたいくらいだ。ぼくは定番のちくわ天を選んだけれど、波佐谷さんが選んだこんぶの天ぷらや、古閑さんが選んだ玉子の天ぷらも食べてみたくなる。余韻に浸りながら、あたりを少しだけ散策する。田んぼが広がっていることもあり、あちこちに用水路が張り巡らされていた。

「うどんを食べるたびに思うんだけど、今、ここにうどんが2玉あるって考えると、めっちゃ不思議なんですよね」。大学に向かう車の中で、藤田君がそう語りだす。「これはそばとも違う感覚で、ビールとうどんに対してだけ感じるんだよね。ビールとか、2時間のあいだに5杯とか飲めちゃうけど、『それってどの部分に入ってんの?』って。で、こんだけお腹一杯になっても、何時間か経ったらお腹が減るってすごいよね。今回はずっと料理作ってるから思うことでもあるけど、人って食べるなーって実感するわ」

うどんでお腹をいっぱいに満たし、大学にたどり着く。今にも雨が降り始めそうなので、急いで葉っぱを拾いにいく。小枝と石は山で拾ってきたものの、日が暮れてしまったので葉っぱは拾えていなかったのだ。

「うどん、いっぱい食べちゃったから、もう断食したいくらいだね」

「さっき原口さんも『今日はもうお休みにしたい』って言ってたよ」

今日は清掃の日であるのか、芝生に芝刈り機がかけられている。「施設課」と書かれたかごに、落ち葉が拾い集められているところだ。まだ落ち葉が残っているところを探して、俳優の「皆」で葉っぱを拾い集める。

「ここの葉っぱは、模様があるね」

「そして大ぶりだね」

「基本的に、下に落ちてるのを拾うルールなんだよね?」

「うん、そうだね。だけどさ、城崎で葉っぱを拾ってたら、『何に使うんだ』って話しかけられて。『舞台に使うんです』って答えたら、『そんな汚いの、やめとき。こっちの葉っぱも、もうすぐ落ちるんやから』って、まだ木に残ってる葉っぱ、いっぱいもぎってくれたんだよね」

16時半に仕込みの作業が終わると、舞台上に枝と石と葉っぱを配置する。そうして17時、善通寺公演に向け、場当たりが始まる。

「うん、やりやすいね」。最初のシーンで場当たりを中断すると、藤田君はそう切り出した。「やりやすいし、声も生声で聴こえてくるぐらいなんだけど、曲の音量がもうちょっとだけセーブされてたほうがいいかなと思うんですよね。皆、自分の声も聴こえてるよね?」

「怖いぐらい聴こえてます」と俳優の皆がうなずく。

「だよね。ここは反響もすごいから、生声だと逆に聴こえづらいところがあって。だから、役者も、竹内さんも、マイクは生声を補強するものだと思っていたほうがいいと思う。で、小谷中さん。照明も基本的には良かったんだけど、ここは城崎とは違う意味で光沢がある床だから、鏡みたいになってるね。皆の姿が、湖みたいに映ってる。そういう難しさはあるのかもしれないけど――」

「ちょっと、調整してみます」と小谷中さんが答えると、次のシーンの場当たりに進んでゆく。19時半に今日の場当たりを切り上げると、藤田君はすぐにキッチンに引き返し、夕飯を作り始める。

「他の演出家がどうやってるかはわかんないですけど、ぼくやっぱ、照明とか音響とかも楽しいなと思える作業なんですよね」。餃子を焼きながら、藤田君が言う。「こうして場当たりやってると、『ちょっと調整するだけで、こんなに違うんだ?』みたいなことを感じるんです。こんなこと自分で言うのも嫌なんだけど、そこはほんとに真面目にやってきたというか。やっぱり、多くの演劇は対・役者ってことで演出されてると思うんだけど、ぼくが伊達で育ったこともあって、対・役者ってことことだけでは考えられないんですよね」

藤田君と演劇とのかかわりは、伊達の劇団・パラムから始まる。最初は子役として演劇にたずさわり、高校時代は演劇部に所属していた。演劇部の顧問だったのが、パラムの演出家でもある影山吉則先生だ。

「影山先生は、『役者は演技のことだけ考えていればいい』みたいな考え方の人ではなかったんです。だから、小道具も皆で作ってたし、照明の作業とかも見てたんですよね。照明をやってたのは葬儀屋のたけちゃんなんですけど、影山先生がときどき札幌からプロの照明会社の人を招いて、アドバイスをもらってたんです。そこでたけちゃんが『そうじゃない!』みたいに叩き直されるんだけど――今考えたら、葬儀屋のたけちゃんがそんな叩き直されなくてもって思うけど――その様子をぼくも見てたんですよね。影山先生は『今、誰がどういう感じで資金繰りをしてるか』みたいなことも率直に話してたから、どうやって演劇って集団ができてるのか学べたところもあるんです」

城崎温泉にいたときに比べて、ここでは「先生」というフレーズを耳にする機会が増えている。それは、ひとつには、ここが大学で、「先生」や「学生」がいる環境だからというのもあるのだろう。今日の場当たりでも、「学校っていう場で『てんとてん』を上演するのって、韓国以来だよね」と藤田君は話していた。「この作品には『先生』って言葉が出てくるけど、生徒と先生って関係の中で過ごしている人たちに向かってそれを言うんだなって思うと、ちょっとギョッとするよね」と。

こうして大学で上演するということは、観劇に訪れるのはきっと、学生が多くなるのだろう。ただ、それを想定して、学生向けに作品を上演しようとしているわけではなく、たったひとりのような気持ちで――家族や友人と一緒に過ごしていたとしても、たったひとりでいるような気持ちで――劇場に足を運んでくる誰かに向けて、どんなふうに言葉を届けられるかと、藤田君は考えを巡らせているようだった。

20時に料理が完成し、皆で食べ始める。今日は餃子とエビチリと麻婆豆腐だ。城崎でも作ったメニューで、皆には好評だったのだけれども、藤田君は納得が行かなかったらしく、今日はそのリベンジだという。

「そもそも中華っていう難しさがあるんだよな」。藤田君は今日も納得が行っていない様子だったけど、皆には好評で、餃子はあっという間に減ってゆく。お昼にはあんなにうどんで満腹だったのに、夜にはもうお腹が減っているから不思議だ。皆がおいしい、おいしいと中華を食べているあいだ、藤田君はもう、料理本を手に明日の献立を練り始めている。

テキスト・撮影:橋本倫史

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